手作り枕普及のために、枕外来を開設

話が前後してしまいましたが、実際に、枕を調節すると患者様のつらい症状がみるみる改善し、その表情がどんどん明るくなっていくのを父のかたわらで見ていて、私は決心しました。

「枕の調節技術をもっともっと高めよう。枕の有効性のメカニズムを解明しよう。そうだ、枕の専門外来『枕外来』を開設しよう」と。

2002年、念願かなって私は「枕外来」を開設しました。しかしそれは、A4用紙に「枕外来」と手書きし、診察室の扉に貼るという粗末なものでした。

よちよち歩きのようなスタートを切った枕外来ですが、すでに10年以上の歳月が経過し、4万人以上の患者様が来院されています。

枕外来では、頚椎と腰椎の治療の一環として、専門である睡眠姿勢の指導にとくに力を入れています。患者様自身で体に合った枕を手作りできるような指導もしています。現在は、枕外来も格段に整備され、計測技術も進歩し、患者様にとってより有益な体験や情報が得られる場となっています。

最近では、医師や睡眠の専門家が見学に来てくださるまでになっています。

 

子どもの頭痛と首の痛みの原因は、寝姿にあリ

6歳の女の子の例です。朝から頭痛と首の痛みが強く、学校に行くのがつらいといいます。初めて会った時は、小学生になったばかりなのに、猫背で首をすくめた姿勢で、とてもつらそうな表情が印象に残りました。

早速、首の診察をすると、大人なみに頸部痛、大後頭神経痛(首から起こる頭痛)が認められ、問診では肩から首のこりとだるさを訴えました。
レントゲンで撮影してみるとストレートネック(本来、前にゅるいカーブを描いているはずの首がまっすぐな状態)で、なおかつ、前屈すると階段状に頚椎がずれるという異常が見られます。

つき添いのお母さんに娘さんの家での生活状況をうかがいました。案の定、長時間うつむいてゲームをしていること、フローリングの床に寝転んで、上半身だけを持ち上げた姿勢で宿題をしていること、寝相が悪いために枕は吹っ飛び、ふとんからはみ出して寝ていることがわかりました。

私は、枕の指導による睡眠姿勢の改善と日中の首枕の使用を提案しました。さらに、勉強は床に寝転んだ姿勢でしないように伝え、椅子の正しい座り方を教えました。

1ヵ月後の再診では、頭痛も頸部痛も解消し、女の子の表情は明るくなっていました。「あんなに寝相の悪かった娘が嘘のようです。枕の上に頭が乗ったまま朝まで寝ています」とお母さんが驚いていました。

このような小学生や中学生は、当院にも年間に何人も来院します。同じ治療をして改善するのを見るにつけて「どうしてみんな正しい姿勢で寝ることの重要性を知らないのだろう」と思います。

私は、成長期に正しい姿勢で寝ることを覚えて継続することで、20代、30代になった時、慢性の肩こりになるのを予防できるのではないかと考えています。

 

首下がり症候群は、枕と首枕で改善

60代男性のケースです。ある時、頭から首が前に下がり、自力では前を見る姿勢が保てないことを訴えて来院しました。

診療所を何軒も受診し、大学病院で診察と検査をしても、姿勢の異常なので治療法はないといわれ続けたそうです。

私は首下がり症候群(自分の意思と無関係に首から頭が下がる疾患)と診断しました。首下がりの影響は2つあります。頸部の不快感と痛み、および食事や歩行が不自由になり生活や行動が制限されることです。

実際に、この男性も犬の散歩の時には片手で犬のリードを引き、もう片方の手で自分の頭を持ち上げないと前方、が見られない状態でした。

そこで私が行ったのは、枕の指導による睡眠姿勢の改善と日中の首枕の使用です。首枕とは首の負担を軽減しサポートするものです。

オリジナルは40年前に父が考案し、母が青梅綿をガーゼで細長く巻いて手作りしていたもので、厚みのあるマフラーのような形状です。

その効果は現れました。3ヵ月後には自分で頭を持だなくても歩けるほどに改善したのです。

首には頭部を支える大事な役目があります。ひとたび首に疾患が起これば、頭や顔が正面を向いているのは当たり前ではなくなります。しかも頭部には、人間が行動するうえで外界の状況を判断する重要な感覚器盲、耳、鼻等)があります。

枕と首枕で、頚椎および頚髄神経の安静を確保することの重要性を、私自身も再確認した患者様でした。

 

頭痛、首や肩の痛みで

ある50代の女性は、ご主人につき添われての初診だったそうです。

以前から肩こり、頭痛、頸部痛がひどく、最近は夜中に何度も目が覚めるようになり、毎日が憂鬱でしかたなく、家事も外出もできないと訴えます。

この女性に医者が行ったのは、枕の指導による睡眠姿勢の改善と、訴えにとことん耳を傾けたことです。

その甲斐があって、眠れるようになり痛みも改善したと喜んでいた矢先、自殺願望を口にするようになったそうです。すぐに医者は、精神科を受診するようにすすめました。

整形外科医ができるのは痛みの訴えを受け止めることと、痛みの原因を探って治療することです。

しかし、精神的な疾患が原因で痛みが起こっているのだとすれば、精神科の治療が主体となります。この場合、整形外科は治療の動向を見守ることが務めとなります。

この患者のケースでは、ある日診察室のドアを開けて入って来られた瞬間に、間違いなく回復傾向にあることがわかりました。

少しふっくらした顔で微笑みを浮かべ、「治療が上手くいって、とても楽になったんです。先生が調節してくれた枕をちゃんと直しながら使っていますよ。眠れるし、食事もおいしいので太っちゃいました」といわれました。

そのかたわらには、いつも静かに見守っていたご主人のやさしい笑顔がありました。

 

頑固な肩こりも枕の調節で7割は治る

適切な高さに調節した枕を使って一晩寝ることで、様々な症状が改善されます。なかでもの国民病ともいわれる肩こりについて、枕の効果を説明しましょう。

肩こりとは、頚椎と肩関節の周囲に起こる筋肉のこりですが、初期に適切な対処を行うことが大事です。放っておくと慢性化し、30年、40年とつらい症状に悩まされる人も少なくありません。

その原因は、本態性屑こり、症候性屑こり、心因性屑こりの3つに分類されます。

本態性肩こりは、一過性の身体ストレスや寒冷、運動不足などで起こるもので、原因を改善すれば症状は消失します。

症候性肩こりは、疾患の一つの症状として現れるものです。たとえば、整形外科の治療対象である頚椎椎間板ヘルニアや肩関節周囲炎、内科の高血圧症や内臓の疾患、婦人科の更年期障害、耳鼻科の副鼻腔炎や花粉症、歯科の虫歯などの疾患があります。

心因性肩こりは、精神科や心療内科の疾患が原因で起こります。

整形外科医の多くが所属する日本整形外科学会でも、10年以上前から肩こりプロジェクトを発足させ、肩こりの診断と治療を体系化しようと試みています。JOAでは様々な疾患の治療において、治療成績判定基準を用いて評価します。これをJOAスコアとして点数化しています。自覚症状、他覚所見(医師の診察内容)、日常生活における症状や問題点、満足度などが、治療の前後でどう変化したかを客観的にとらえるためです。

このJOAスコアに準じて、枕の治療を評価するためのピロースコア(PS)を作成し用いています。肩こりを訴えるA群、B群、C群の3つの疾患に対し、枕の調節を行いPSで評価しました。

A群は交通事故のむち打ち症25例、B群は関節リウマチ43例、C群は円背(背中の丸みが強い姿勢異常)50例です。自覚症状の肩こりは、A群64.6%、B群69.9%、C群78.5%と改善し、日常生活においても起床時からの肩こりは、A群78.2%、B群77.1%、C群83.2%と大きく改善していました。

また、枕の調節によって寝返りがしやすくなった、もしくは寝返りの時に痛みがなくなったと回答したのは、A群96.0%、B群96.0%、C群92.3%で、多くの人が寝返りの改善を自覚していました。

枕が肩こりに有効な理由は、就寝中という首が頭の重みから解放される時間帯に、頚椎をよい姿勢にして神経を安静に保つことと、寝返りによって血流などの体液循環を促し、疲労した筋肉などの組織を回復させるからです。

目をつむると脳裏に浮かぶたくさんの患者様の顔がありますが、じつは私は1人の患者様の顔を2つずつ覚えています。1つは初診の時のつらそうで苦しい表情、もう1つは症状が改善されて「今日で診察終了」となった時の笑顔です。

最後の笑顔には、医師として元気になって病院を離れていく患者様への喜びとともに、もうお会いできないと思う寂しさの入り交じった複雑な心境でもあります。おそらく卒業式に生徒さんを見送る教師のような気持ちに近いのだろうと思います。