頭痛、首や肩の痛みで

ある50代の女性は、ご主人につき添われての初診だったそうです。

以前から肩こり、頭痛、頸部痛がひどく、最近は夜中に何度も目が覚めるようになり、毎日が憂鬱でしかたなく、家事も外出もできないと訴えます。

この女性に医者が行ったのは、枕の指導による睡眠姿勢の改善と、訴えにとことん耳を傾けたことです。

その甲斐があって、眠れるようになり痛みも改善したと喜んでいた矢先、自殺願望を口にするようになったそうです。すぐに医者は、精神科を受診するようにすすめました。

整形外科医ができるのは痛みの訴えを受け止めることと、痛みの原因を探って治療することです。

しかし、精神的な疾患が原因で痛みが起こっているのだとすれば、精神科の治療が主体となります。この場合、整形外科は治療の動向を見守ることが務めとなります。

この患者のケースでは、ある日診察室のドアを開けて入って来られた瞬間に、間違いなく回復傾向にあることがわかりました。

少しふっくらした顔で微笑みを浮かべ、「治療が上手くいって、とても楽になったんです。先生が調節してくれた枕をちゃんと直しながら使っていますよ。眠れるし、食事もおいしいので太っちゃいました」といわれました。

そのかたわらには、いつも静かに見守っていたご主人のやさしい笑顔がありました。

 

頑固な肩こりも枕の調節で7割は治る

適切な高さに調節した枕を使って一晩寝ることで、様々な症状が改善されます。なかでもの国民病ともいわれる肩こりについて、枕の効果を説明しましょう。

肩こりとは、頚椎と肩関節の周囲に起こる筋肉のこりですが、初期に適切な対処を行うことが大事です。放っておくと慢性化し、30年、40年とつらい症状に悩まされる人も少なくありません。

その原因は、本態性屑こり、症候性屑こり、心因性屑こりの3つに分類されます。

本態性肩こりは、一過性の身体ストレスや寒冷、運動不足などで起こるもので、原因を改善すれば症状は消失します。

症候性肩こりは、疾患の一つの症状として現れるものです。たとえば、整形外科の治療対象である頚椎椎間板ヘルニアや肩関節周囲炎、内科の高血圧症や内臓の疾患、婦人科の更年期障害、耳鼻科の副鼻腔炎や花粉症、歯科の虫歯などの疾患があります。

心因性肩こりは、精神科や心療内科の疾患が原因で起こります。

整形外科医の多くが所属する日本整形外科学会でも、10年以上前から肩こりプロジェクトを発足させ、肩こりの診断と治療を体系化しようと試みています。JOAでは様々な疾患の治療において、治療成績判定基準を用いて評価します。これをJOAスコアとして点数化しています。自覚症状、他覚所見(医師の診察内容)、日常生活における症状や問題点、満足度などが、治療の前後でどう変化したかを客観的にとらえるためです。

このJOAスコアに準じて、枕の治療を評価するためのピロースコア(PS)を作成し用いています。肩こりを訴えるA群、B群、C群の3つの疾患に対し、枕の調節を行いPSで評価しました。

A群は交通事故のむち打ち症25例、B群は関節リウマチ43例、C群は円背(背中の丸みが強い姿勢異常)50例です。自覚症状の肩こりは、A群64.6%、B群69.9%、C群78.5%と改善し、日常生活においても起床時からの肩こりは、A群78.2%、B群77.1%、C群83.2%と大きく改善していました。

また、枕の調節によって寝返りがしやすくなった、もしくは寝返りの時に痛みがなくなったと回答したのは、A群96.0%、B群96.0%、C群92.3%で、多くの人が寝返りの改善を自覚していました。

枕が肩こりに有効な理由は、就寝中という首が頭の重みから解放される時間帯に、頚椎をよい姿勢にして神経を安静に保つことと、寝返りによって血流などの体液循環を促し、疲労した筋肉などの組織を回復させるからです。

目をつむると脳裏に浮かぶたくさんの患者様の顔がありますが、じつは私は1人の患者様の顔を2つずつ覚えています。1つは初診の時のつらそうで苦しい表情、もう1つは症状が改善されて「今日で診察終了」となった時の笑顔です。

最後の笑顔には、医師として元気になって病院を離れていく患者様への喜びとともに、もうお会いできないと思う寂しさの入り交じった複雑な心境でもあります。おそらく卒業式に生徒さんを見送る教師のような気持ちに近いのだろうと思います。